「もっと便利にならないかな?」「この不便さを解消したい!」、身のまわりにあるちょっとした悩みを解決するためのアイデアが、将来世の中の役に立つ日が来るかもしれません。

そんなものづくりの未来を支える多くの学生が学んでいるのが、東京都町田市にある玉川大学工学部のデザインサイエンス学科です。2023年4月に開設された新しい学科ですが、前身のエンジニアリングデザイン学科のころから、文部科学省や特許庁などが主催する「デザインパテントコンテスト」に参加。学生が自ら生み出した発明(特許)やデザイン(意匠)が審査・表彰される同コンテストにおいて、2017年度から6年連続優秀賞受賞という輝かしい実績を納めており、さらに2022年度には特許庁長官賞を受賞した学生も現れました。

今回は、学部生として在学時に受賞を経験した2名の卒業生、そしてデザインサイエンス学科の黒田潔教授、平社和也講師にインタビュー。学生がデザインパテントコンテストに参加することの意義や、学科が目指す「デザイン」のあり方に迫ります。

前年の雪辱を晴らし、特別賞を受賞! チャレンジを続ける大切さ

デザインパテントコンテスト受賞者の2人。右から三尾雅人さん、安部日菜子さん。

日曜大工が好きなエンジニアの父の背中を見て育ったという三尾雅人さん(2023年卒)は、在学中の1,3,4年次にデザインパテントコンテストに参加。3度目の挑戦となる2022年度のコンテストで「傘の柄ホルダー」を出品し、優秀賞と、特別賞である「特許庁長官賞」のW受賞を果たしました。

受賞作品「傘の柄ホルダー」は、「教室や飲食店などに傘を持ち込む際、置き場所に困り 机などにかけようとしても傘の先端が床について倒れてしまう」という、三尾さんが感じた日常の小さな不便から生まれたアイデアです。ホルダーを傘の柄に取り付けて、机の端などにかけて使うと、傘の先端が地面に接しない位置で保持することができます。さまざまな太さの傘の柄に合うよう、カメラのシャッターのような仕組みでサイズ調整ができる機構を採用したのもポイントです。

三尾さんの受賞作「傘の柄ホルダー」。一見シンプルな構造ですが、携帯性や使いやすさを考慮したアイデアが詰まっています。

「実は『傘の柄ホルダー』は、3年生のときにも同じ用途のものを出品していました。前回のものはラチェット機構を取り入れたもので、アイデア自体は評価していただいたのですが、『「傘の柄ホルダー」であれば、一般的な使用者へのアピールも必要ではないかと思われます』と審査員の方に言われ、残念ながら入賞には至りませんでした。指摘された箇所を改良し、より親しみやすい形を意識してデザインしたのが、今回の受賞作品です」

「傘の柄ホルダー」の再出品に向けてリベンジに燃えていた三尾さんは、日常生活の中でさまざまなアイデアを模索。カメラのシャッターのような機構にたどり着いてからは、3Dプリンターを使って試作を重ねました。そうした地道な努力が実を結び、翌年に改良品でデザインパテントコンテストに再チャレンジ、見事リベンジを果たしています。

今回の受賞について「なにごとも挑戦だな、と改めて思いました」と、満足げな表情を浮かべる三尾さん。コンテストの授賞式にも出席し、他の受賞者たちとの交流で刺激を受け、ものづくりの視野を広げる貴重な機会になったそうです。

三尾さんは、プロダクトデザインの研究を深めるため、現在は玉川大学大学院工学研究科に進学。「将来的にはメーカーなどに就職し、商品の研究、開発、設計など、ものづくりの上流に携わる仕事がしたいです」と、将来の展望を語ります。

「デザインパテントコンテストへの挑戦で自信がつき、また他の学生の作品やアイデアに触れられたことも刺激になりました。玉川大学を受験したのは、もともとは少人数教育や設備の充実ぶりに惹かれたからでしたが、4年間を通して『デザイン』を常に考えながら学生生活を送れたことが、自分にとって大きな宝になっています」

「こんなものがあったらいいな」を形にできる喜び

2021・2022年度と、2年連続でデザインパテントコンテストに入賞を果たしている安部日菜子さん(2023年卒)。2021年度は、机の上でノートや本を開くスペースを確保するための「書見台」、2022年度は、簡単にパスタの量を計れる「パスタメジャー」を出品し、それぞれ優秀賞を受賞しています。

安部さんの2021年度受賞作品「書見台」。上部にあるかわいらしいウサギの装飾が目を引くデザインです。

「書見台」は、本やタブレットなどを置いて使うことを想定し、バーを縦横にスライドさせてサイズを自由に調整できる機構を採用。ペン置き場を付けたり、台の上部からウサギが覗き込んでいるような装飾を付けたりと、安部さん自身が「こんなものが欲しい」と思うディテールを取り入れたといいます。

「パスタメジャー」は、計量中の安定感がない、目盛りが見づらいなど、安部さんが既製品のパスタメジャーを使う時に感じた不便を解消するために開発。目盛りに合わせて本体のリングを動かすることで、1~6人分まで、好みの量のパスタを計量することができます。本体が自立する容器になっているので、計量と同時に一時的にパスタを保存しておくことも可能。自炊をするうえでの“あるある”から生まれたアイデアです。

安部さんの2022年度受賞作品「パスタメジャー」。2つのリングが重なる空間にパスタを通して計量できます。

「2つとも、自分が日常のなかでイラっとすることや困りごとを解決するアイデアを形にできたので、とてもいい経験になりました。ものづくりをするうえでどんな考え方をすればいいか、どう順序立てて考えればいいか、そのプロセスを踏む感覚を自分のものにできたことが、自分にとっては大きかったですね。コンテストへの出品という明確な目標があると、『いつか作ろう』じゃなくて『今やらないと』と思って行動できたことも良かったです」

卒業後の現在は、職員として採用されて大学に残り、パソコンや3Dプリンターなど多彩な設備が揃う学内のオープンスペース「メーカーズフロア」で、学生の指導を行う助手を務めている安部さん。4年間の学生生活の感想を尋ねると、「1年生のころから3Dプリンターを触ることができて、自分で設計したCADデータが形になるのが楽しかったです」と、笑顔で振り返ります。

「特に2,3年次はコロナ禍の影響も強く、学生らしいイベントにあまり参加できなかったことは、少し残念でした。でも、ちょうどその時期から専門的な人間工学などを学ぶ授業が増え、同級生とはZoomを使って相談しながら課題に取り組むなど、それなりに楽しく学生生活を送ることができました。デザインサイエンス学科と、その前身のエンジニアリングデザイン学科の授業全体が、私にとって大きな学びになったなと思っています」

デザインパテントコンテストの参加をきっかけに、知的財産権に関わる仕事にも興味を持つようになったという安部さん。現在は特許庁で商品のデザイン(意匠)の審査などを行う意匠審査官を目指し、大学職員をしながら勉強中とのことです。

2022年度のデザインパテントコンテストにおいて、玉川大学から2名の学生が受賞を果たしたことについて、玉川大学の山﨑浩一工学部長は「三尾さんは、過去の失敗を乗り越え、審査員の助言を生かして再挑戦した成果が出ました。受賞経験のある安部さんは、前年とは全く異なる状況での利便性向上を目指しての挑戦です。これらの取り組みは、本学の工学部が目指す『挑戦を繰り返して人を幸せにするイノベーションを起こす』という精神を体現しています。受賞した二人には今後もこの精神を忘れず、社会への貢献を続けてほしいと願っています」とコメント。二人に続く学生の新たな挑戦に期待を寄せています。

さまざまな課題に目を向け、デザインの力で解決していく人材を育てたい

玉川大学工学部のデザインサイエンス学科は、興味・関心に合わせて「プロダクトデザイン」「ロボットデザイン」「環境デザイン」という3つの専門領域についてじっくりと学べる学科。問題解決の手法としてデザインを用いる能力を養い、社会で活躍する人材を育てることを目標としています。

デザインパテントコンテストの6年連続受賞という実績は、まさにものづくりの未来を担う人材が育っていることを証明しているようですが、デザインサイエンス学科の黒田潔教授は「特別に意識した指導法などはなく、あくまで学生の力量、能力によるものが大きいと考えています」と話します。

写真左端がデザインサイエンス学科の黒田潔教授、右端が同学科の平社和也講師。

「私は10年ほどメーカーに勤めていた経験があるので、デザインの世界における知的財産権の重要性はよく理解しています。デザインパテントコンテストへの出品を学生に勧めているのも、コンテストへの参加によって特許権・意匠権を取得するプロセスを学べるからというのが一番の理由です」(黒田潔教授)

「手厚いサポートをするというより、学生が挑戦するための体制づくりが学科の役割と考えています」と話すのは、同学科の平社和也講師。平社講師は、授業や課外活動で3DCAD や3Dプリンターの活用など指導しており、デザインパテントコンテストに挑戦する学生たちを試作の面で支えています。

「弁理士の方に知的財産権に関する実践的な講義をしていただいたり、特許庁へのデータベースへのアクセス方法を指導したりと、デザインサイエンス学科がこれまで培ってきたノウハウを活かしたカリキュラムが充実しています。コンテストの出品までに必要な道筋を我々講師陣が作り、学生が課題の発見やアイデアの創出に注力できるよう体制を整えています」(平社和也講師)

自己実現のためだけではなく、「人の役に立てるものを作る」という考えが工学の基礎的な理想だと話す黒田教授。そのためには、工学だけを学ぶのではなく、新聞を読む、ボランティアに参加するなど、外の世界と接点を持つ姿勢が大事だと語ります。

「『デザイン』というと、絵を描いたり配色を考えたり……といったことをイメージされる方も多いと思いますが、我々が考える『デザイン』とは、問題の発見能力と解決能力を指します。三尾さんも安部さんも『身近にある悩みを解決したい』という思いがアイデアの発端になったように、最初はそういった身近な問題から解決しつつ、世の中にあるさまざまな課題に目を向けられる人になってほしいですね。将来的に、人々が生活しやすい社会の担い手を目指してほしいと思っています」(黒田教授)

デザインパテントコンテストで結果を出している学生について、黒田教授、平社講師は異口同音に「粘り強く、目標の達成に向けて努力できる人。そして根本に『人の役に立ちたい』という思いがある人」という共通点を挙げていました。

デザインや知的財産権のプロフェッショナルによる指導、充実した設備といったバックアップにより、学生がアイデアを生み出すことに集中できる環境が整えられている。それこそが、玉川大学工学部デザインサイエンス学科の魅力であり、コンテスト受賞者を輩出し続ける秘訣といえるのかもしれません。

関連リンク
https://www.tamagawa.ac.jp/college_of_engineering/design/

おすすめ記事