軽い気持ちでネット上にコメントし、相手を誹謗中傷させてしまうというリスクは、誰にでもつきまとう。
誹謗中傷被害の話題が後を絶たないいま、SNSの普及などで誹謗中傷の深刻な被害が顕在化し、被害者が自らの命を断ってしまう事件も発生するなど、深刻な社会問題に。
そんななか、侮辱罪に懲役刑を導入し、法定刑の上限を引き上げる改正刑法が6月13日成立、今夏にも施行される見込み。
―――もし、侮辱罪の当事者(加害者・被害者)になってしまったら、どうすればいいか。
解決の手段や対処法について、ひだまり法律事務所(京都市)の安西敦弁護士が、こう解説する。
まず、「侮辱罪」改正の要点は?
侮辱罪とは「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した」ときに成立する犯罪を指します。オンラインによる誹謗中傷に対する対策として、現行の侮辱罪では法定刑が低すぎるとして、重罰化が議論されました。
現行法では法定刑が「拘留(1日以上30日未満の身柄拘束)または科料(1000円以上1万円未満の制裁金の支払い)」だったのが、改正法では「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」となりました。
改正は法定刑のみの変更であり「侮辱罪」に当たる行為の内容には改正前後での変化はありません。
ただし、今回の法改正がネット上での誹謗中傷に対する対応を念頭に議論されていたことからして、今後はネット上での誹謗中傷のケースにより多く侮辱罪が適用されることが予想されます。
厳罰化でなにが変わる? 多額の罰金刑や懲役刑も
過去、侮辱罪で処罰される事例は年間に10数件程度でしたが、近年は増加しており、2020年では30件が略式命令請求され、9,000円程度の科料になっています。
その30件のうち、約3分の2がSNSや掲示板、ニュースサイトのコメント欄などに相手を誹謗中傷する書き込みをしたものです。近年はこの類型が多く処罰されるようになっています。
侮辱罪は、法定刑が科料と拘留でしたが、拘留は近年該当するケースがなく、処罰された全てのケースで科料となっています。しかし、改正法の施行後は、1年以下の懲役もしくは禁錮、30万円以下の罰金が科されることになります。
これまで9,000円程度の科料で処理されていたケースには、より多額の罰金刑が科されることになり、非常に悪質な態様であったり、罰金刑を受けた後にまた侮辱を繰り返して検挙された場合などには、懲役刑が科されることもあります。
どんなとき、どんなケースで侮辱罪が成立するのか?
侮辱罪は「事実の摘示にあたらない」うえに「侮辱すること」にあたる場合に成立します。
「バカ」「ブス」「無能」「役立たず」といった暴言のように、抽象的な内容でも侮辱罪が成立する場合があります。
「名誉毀損罪」のように「事実の摘示」を必要としませんし、「信用毀損罪」のように人の信用に関する事柄でなくとも成立します。
個人では侮辱罪になるかどうかの判断が難しいケースも多くあるため、被害にあうことだけでなく、加害者になってしまうことにも気をつける必要があります。
2019年に処罰された事例を見ると、「SNSで「クズ、豚」等と相手を罵倒した」「被害を訴える人の動画のコメント欄に「自分が加害者だからこういうことをいうのでしょう」等と投稿した」「法人に対して「詐欺会社」「対応が最悪の会社」といった記載をした」といったような事例が侮辱罪で処罰されています。
いずれもひどいものではありますが、ときにはネット上で見かけるようなレベルの投稿も処罰されています。
そうした投稿は、被害者が刑事告訴までしなかったために処罰されていないケースがほとんどなのでしょうが、実際には処罰されるリスクがあると考えておかなければならないでしょう。
法定刑が重くなると何が変わる? 侮辱をあおったり助けたりする人も処罰に
◆逮捕されるケースの増加
改正前の侮辱罪は法定刑が拘留と科料のみと軽いことから、逮捕されるのは定まった住居がない場合か、警察からの任意取調のための出頭の要請を正当な理由なく応じなかった場合に限られていました(刑事訴訟法第199条第1項但書)。
そのため、実際上は逮捕されるケースはほぼなかったと思われます。改正後は、そのような限定がなくなるので、逮捕する可能性が出てくることが想定されます。
◆教唆犯と幇助犯の処罰
改正前は、侮辱をするようにそそのかした人(教唆犯)や、侮辱するのを助けた人(幇助犯)は処罰されませんでしたが(刑法第64条)、改正後は教唆犯や幇助犯も処罰されることになります。
なお、これまでどおり「公然性」が要求されることになるので、ダイレクトメッセージのような、直接に相手に届ける形のものは対象になりません。
誹謗中傷被害を受けてしまったら? 弁護士ができること
刑事事件として相手の処罰を求めたり、民事上の損害賠償を求めたりするためには、証拠が必要になります。
SNSでの投稿などは容易に消されてしまうので、スクリーンショットをとるなど、できるだけ証拠を保全しておくことが必要です。
また、投稿者を特定するためにはいくつかの手続が必要ですが、接続プロバイダのログの保存期間には制限があります。
保存期間を過ぎてしまうと相手を特定できなくなるなど、個人ではできないことがありますので、できるだけ早く弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士がとれる手段は、次にようなことが挙げられます。
◆SNSや掲示板の運営者等に対して削除請求をする
◆発信者情報開示請求をして投稿者を特定し、
◆損害賠償請求、削除請求、差し止め請求、謝罪を求める
刑事告訴をする場合でも、上記の点を進めておいて投稿者を特定するための情報がある程度そろっていた方が事件が進みやすいです。
誹謗中傷をしてしまったと感じたときは? 弁護士に早い段階で相談を
SNS、オンライン上の「侮辱罪」適用が増えることが想定されます。
加害者と被害者の認識は往々にして異なり「意見を述べただけ」の認識でも、「侮辱罪」として問われることも。
相手を誹謗中傷する投稿等をしてしまったと思ったら、できるだけ速やかに投稿を消し、相手方に謝罪することが望ましいです。
相手の感情を害してしまえば、刑事告訴されたり、損害賠償請求されるリスクが高まっていきます。
また、投稿を消す際には、後から自分がどのような投稿をしたのかを確認できるようにするためにスクリーンショット等を残しておいてください。
その上で、弁護士に早い段階で相談すべきです。相談する際には、具体的な投稿とその前後の文脈がわからないと侮辱や名誉毀損に当たるかどうかの判断ができないので、前後の流れも含めたスクリーンショットを用意しておくとスムーズです。
自分ひとりで悩まない、被害を拡大させない…まずは早急に弁護士に相談を
意外と「侮辱された」事が認識しづらい、または身の回りにも相談ができないことの方が多いようです。
そんな時もまずは弁護士に相談。悩まずに専門家に聞いてしまうことが、一番気軽で対処も早い。
まずは侮辱罪に問われるような投稿をしないことが重要ですが、もし、SNS上でひどいことを書いてしまい、発信者情報開示請求に関する書類が届いたり、警察から取調の呼び出しがあったりしたときは、すぐに弁護士に相談する必要があります。
逆に、自分を侮辱することを書かれてしまい、その内容を消させたり、相手の処罰や謝罪を求めたいという場合は、やはり早い段階で弁護士に相談するのがお勧めです。
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