スポーツを支える縁の下の力持ちを称え、さらなるチャレンジを奨励する―――。
ヤマハ発動機スポーツ振興財団(YMFS)は6月2日、東京都内で2022年度「第15回 ヤマハ発動機スポーツ振興財団 スポーツチャレンジ賞」(後援:日本スポーツ協会、日本オリンピック委員会、日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会)受賞者の表彰式を開催。
今回受賞した、能瀬さやか先生(東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科 産婦人科医/国立スポーツ科学センター スポーツメディカルセンター非常勤)が登壇し、ヤマハ発動機スポーツ振興財団 木村隆昭 理事長、同スポーツチャレンジ賞 伊坂忠夫 選考委員長らが表彰した。
―――ヤマハ発動機スポーツ振興財団スポーツチャレンジ賞は、日本のスポーツを支える「縁の下の力持ち」の功績を称えるとともに、受賞者のさらなるチャレンジと活躍を期待・奨励する表彰制度。
受賞者の献身的な取り組みと大きな成果を刺激として、「挑戦する心」が広く、深く、社会やスポーツ界に浸透していくことを願い、2008年度から実施している。
能瀬さやか先生が取り組んできた研究と、スポーツ医学に与えたインパクト
女性アスリートは、利用可能エネルギー不足、無月経、骨密度低下(以上「女性アスリートの三主徴」)などの健康リスクを抱えやすい。
能瀬先生は、それまでの「スポーツ医学=整形外科」という常識を覆し、産婦人科医の視点でデータ収集・分析を行いスポーツ現場の危機的な実情を明らかにした。
また、アスリートや指導者の間で長く常識とされてきた誤った認識を改善するため、医界・スポーツ界と連携した啓発活動を進め、スポーツに取り組む女性の「現在・未来の健康」を守っている。
その対象は、健常者のトップアスリートを皮切りに、パラアスリート、部活動を行う学生、さらには低体重や摂食障害等を抱える一般女性のヘルスケアにまで広がっている。
能瀬先生は、産婦人科医の家庭に生まれ、幼少時代から家業に親しみを感じて育ってきた。
「赤ちゃんを抱いた家族に『おめでとう』と言える職業」。そこに魅力を感じていた。
いっぽうで、10代のころはバスケットボールに夢中になった。医師を志してはいたが、「スポーツと関わりながら生きていきたい」という希望も芽生えてきた。
産婦人科医と、スポーツに関わりの深い整形外科医の道
産婦人科医と、スポーツに関わりの深い整形外科医の道―――。
その狭間で葛藤のあった北里大学5年生時に、手に取った冊子で「女性スポーツ選手には無月経などの問題が存在する」という趣旨の記述を見つけた。
この記事が「産婦人科に進んでも、もしかしたらスポーツと関われるかもしれない」と背中を押した。
研修医となった2年間は、ひたすらスポーツとの関りを模索した。
「スポーツと名のつく学会があれば手当たり次第に参加して、そこで講演された産婦人科の先生に手紙を書いたりした。思い立って日本サッカー協会に電話をかけて、『何か手伝えることはないか?』とたずねたこともあった」
産婦人科とスポーツの接点を手探りしているうちに、徐々に交流範囲や人脈が広がった。そのつながりから、国立スポーツ科学センター(JISS)で内科医の公募があるという情報も得た。
内科医として JISS に採用された能瀬先生は、女性アスリートの健康状態の実情を探るため、診療業務の傍らカルテ室にこもってデータの収集・分析を開始した。
そしてメディカルチェックのカルテから、683選手の婦人科に関わるデータを拾い上げた。
その結果、およそ4割の女性アスリートが、無月経または月経不順を抱えていることが明らかとなった。
日本臨床スポーツ医学会で発表されたこの研究結果(2012年)は、スポーツ医学を取り巻く人々に大きなインパクトを与え、日本産科婦人科学会女性アスリート小委員会、一般社団法人女性アスリート健康支援委員会の起ち上げ等につながっていった。
いっぽう、JISS では勤務 3年目から産婦人科医として活躍。診療したアスリートから、「過去 2回のオリンピックは月経に当たってしまい、十分なパフォーマンスが発揮できなかった」という相談を受けた。
低用量ピルの服用により月経をコントロールできることを「知らない」とする女性アスリートは当時 66%(前述の調査)。ピルは「体重が増える」「将来、妊娠できなくなってしまう悪魔のような薬」……診療の際、選手たちからはそうした声が聞かれた。
さらに「指導者から『月経が止まって、アスリートとしては一人前』といわれた」という衝撃的な話もあった。
JISS での 5年間の任期の後、東京大学医学部附属病院に国立大学初の女性アスリート外来を新設。
パラアスリートや学生選手、中高年の市民ランナーなどが診察に訪れるようになった。
この環境によって診療と研究を同時に進めることが可能となり、女性アスリートの健康問題についてのエビデンスづくりが加速した。
日本臨床スポーツ医学会に JISS のメディカルデータを発表した 10 年前に比べると、スポーツ現場の環境は「飛躍的に改善している」。
現場のアスリートや指導者の認識改善はもちろん、アスリート自身による発信等を通じて、若年層やその保護者にも正しい情報が拡がりつつある。
能瀬さやか先生「以前はタブー視されていた問題について、公に語り合えるようになってきた」
能瀬さやか先生は、今回の「第15回 ヤマハ発動機スポーツ振興財団 スポーツチャレンジ賞」受賞後、こんな考えを伝えている。
「ホルモン製剤を用いた月経困難症の治療などは、アスリートに限った問題ではない。
女性アスリートを啓発することによって、女性全体のヘルスケアにつなげていくのがこのチャレンジの最終的なゴール。
また、月経という女性特有の問題は、女性アスリートにとって重要な課題。競技と向き合う上でその問題が不安や障害とならないよう、これからも支援を続けていきたい。
かつて無月経で治療した選手が指導者となり、次の世代に対して正しい指導を行い始めている。
また、無月経で引退した選手が数年後に『無事に出産できた』と報告の連絡をくれたこともあった。
啓発が進んだ背景には、アスリートたちによるメディアなどでの発信がある。
以前はタブー視されていた問題について、公に語り合えるようになってきた」
「挑戦する心」が社会に浸透していくことを願って
ヤマハ発動機スポーツ振興財団スポーツチャレンジ賞は、スポーツ界の「縁の下の力持ち」を表彰する制度。
スポーツ振興や社会の活性化につながる大きな成果に対し、献身的かつ情熱的な活動によってその実現を支えた人物・団体を表彰する。
ヤマハ発動機スポーツ振興財団は、大きな成果そのものと同様に、その実現を支えた活動やプロセスもまた称賛されるべき対象だと考えから、スポーツチャレンジ賞を始動。
スポーツチャレンジ賞は、それぞれの分野・立場において、夢や高い目標に向かって積極果敢に挑戦し、縁の下から献身的な活動を続けた人物・団体に敬意を表するとともに、今後さらなる活躍への期待を込めてエールを送っている。
同賞を通じて共感や称賛の輪が広がり、人々の新たな行動を起こすきっかけになること、そして「挑戦する心」が社会に浸透していくことを願って実施しているという。
対象は、スポーツ振興や社会の活性化につながる大きな成果に対し、献身的な活動で縁の下から支えた人物・団体。
選考要件は、
1. スポーツ振興や社会の活性化につながる大きな成果に対し、その実現に貢献・寄与した活動である
2. ロールモデルとして、他者や社会に対するより良い影響が期待できる
3. 今後、さらなる活動の発展や活躍が期待できる
賞金は個人100 万円、団体は200万円。賞状、メダル、副賞などが贈られる。
―――能瀬さやか先生はこの表彰式のあと、記念シンポジウム「女性アスリートの健康を考える」に登壇。
「女性スポーツ医学の知見や女性アスリートへの啓発が、一般女性全体のヘルスケアにつながる」と題した基調講演で、これまでの歩みと考察、今後の展望などについて伝えた。
◆ヤマハ発動機スポーツ振興財団
https://www.ymfs.jp/