
たとえば遺産相続や、グループで稼いだ金の分配などについて。
お金や資源の分配をめぐる交渉は、家庭内の話し合いからビジネス、国際関係に至るまで、生活に深く関わる社会的なプロセス。
こうした場面は、不公平をともなうことも多く、たとえ自分の取り分が少ない分配であっても、状況によっては受け入れることもある。
しかし、感情を持つ人間が、不公平な提案を受け入れる脳内メカニズムは、ほんとうにそれほど単純なのか―――。
―――そんなテーマに、「脳は不公平に対する不快な感情を抑えることで、不公平な提案を受け入れる」という仮説を立てて研究結果を発表したのが、情報通信研究機構(NICT)。
情報通信研究機構(NICT)未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター(CiNet)沼野正太郎協力研究員、春野雅彦室長の研究グループは、交渉の場面でヒトが不公平な提案を受け入れるとき、脳の背側前帯状皮質が、不公平によって生じる感情を抑えることで不公平な提案を受け入れるという脳内メカニズムを見出した。
今回、63名の参加者を対象にfMRI実験を行い、解析したところ、背側前帯状皮質が、腹外側前頭前野を介して、不公平によって生じる感情を抑えることがわかった。
具体的には、背側前帯状皮質と腹外側前頭前野の脳活動の同期の強さ(結合度)は人によって異なり、この結合度がマイナスの大きな値をとるほど不公平な提案を受け入れる割合が高まり、そのときの反応時間が短くなることがわかった。
この脳内メカニズムの理解は、交渉での不必要な対立を抑え、納得性の高い分配制度設計にも貢献することが期待できる。
これら研究成果は、2月5日に、生物分野の重要研究を掲載する米国の科学誌「PLOS Biology」に掲載された。
最後通牒ゲームで脳活動を計測

今回の研究では、「脳は不公平に対する不快な感情を抑えることで、不公平な提案を受け入れる」という仮説を立て、この仮説を確かめるために、「最後通牒ゲーム」という課題を用い、脳活動を計測した。
最後通牒ゲームとは、実験参加者は提案者(この試行ではTARO)からのお金の分配提案を受け入れるか拒否するか10秒以内に選択。
受け入れれば提案通りにお金が分配され、拒否すれば両者の取り分は0円となる。
提案者は試行ごとに異なり、7パターンの異なる分配を用いた。
不利な条件を受け入れるとき より複雑な意思決定プロセスが働く

今回の研究では、実験参加者にMRI装置の中で「最後通牒ゲーム」を実行。
この課題では、各試行で別々の提案者からお金の分け方が提示され、参加者はその提案を受け入れるか、拒否するかを10秒以内に選択。
実験の結果、参加者にとって不利(不公平)な提案になるほど拒否率が高くなった。
さらに、極めて不利な提案では、提案を受け入れる人の反応時間が、拒否する人の反応時間よりも長くなることが明らかに。
このことは、不利な条件を受け入れるさいには、単なる「報酬の最大化」以上に、より複雑な意思決定プロセスが働く可能性を示唆している。
背側前帯状皮質が不公平への感情を抑えることで不公平な提案を受け入れる

そこで、分配の受入れ/拒否という行動選択と反応時間の両方から意思決定を分析できる「ドリフト拡散モデル(Drift Diffusion Model:DDM)」を用いて解析。
具体的には、「不公平な提案に対する不快な感情を抑えることで提案を受け入れる」という過程に関わる脳部位を明らかにするため、DDM解析を用いて、不公平な提案をより受け入れる参加者ほど、不公平に対して強く反応する脳領域を探索した。
その結果、背側前帯状皮質が見つかった。
次に、不公平な条件が提示されたときに、この背側前帯状皮質が抑制的に働くと考えられる脳領域、すなわち負の結合度を示す領域を探索したところ、腹外側前頭前野が見つかった。
さらに、背側前帯状皮質と腹外側前頭前野の結合度から、各参加者が不公平な提案を受け入れる割合と、反応時間の両方を予測できることがわかった。
いっぽうで、報酬に関わる脳活動からは、このような予測はできなかった。
感情 情動を抑制する脳内メカニズムが重要

腹外側前頭前野は、脳内で不快な情動に関わるとされる扁桃体と、解剖学的にも機能的にも強く結びついていることが知られている。
同研究でも、参加者にとって不公平な提案が示されたとき、腹外側前頭前野と扁桃体の活動が同期していることが分かった。
以上の結果は、ヒトが不公平な提案を受け入れるさいには、背側前帯状皮質が腹外側前頭前野を介して、扁桃体に表現される不公平にともなう感情・情動を抑制する脳内メカニズムが重要であることがわかった。
脳内メカニズムの理解は 交渉での不必要な対立を抑えることや 納得性の高い分配制度設計に貢献
今後は、今回見つかった「不公平な提案を受け入れるさいに、不公平にともなう感情を抑える脳の働き」に着目し、その働きを変化させたときに受入れ率が実際に変わるかを検証することで、脳活動と行動の因果関係を明らかにしていく。
さらに、人々が納得して受け入れられる分配制度の設計へと発展させる可能性についても検討していく。
―――同研究の一部は、科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「行動変容を創発する脳ダイナミクスの解読と操作が拓く多元生物学」、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「生体マルチセンシングシステムの究明と活用技術の創出」研究領域における研究課題「サイバー社会における多重世界予測符号化の解明」(研究代表者: 春野雅彦)、JST ムーンショット型研究開発事業「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」研究領域における研究課題「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現」の一環として行われた。
今回実施したすべての実験は、NICTの倫理委員会の承認を得て、実験参加者には実験内容を事前説明の上、参加への同意を取っている。
◆NICT-情報通信研究機構
https://www.nict.go.jp/

